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レインボーブリッジ

レインボーブリッジは東京都港区の芝浦と台場を結ぶ吊り橋。


1987年着工、1993年竣工、同年8月26日開通。橋長798m。


レインボーブリッジの名前は一般公募により決められたもので、正
式名称は首都高速道路11号台場線・東京港連絡橋(臨港道路)であ
る。名称のとおりの、美しいライトアップで有名。


混雑の激しい箱崎ジャンクション付近を迂回して、首都高速道路都
心環状線等に抜けることができるので、首都高速の渋滞緩和に大き
く貢献した。


また海とビル群の景色、夜景など、よい眺めが楽しめることから、
週末のドライブコースとしても人気が高い。クリスマスイブなどに
は、夜景を楽しむカップルによる渋滞も見られるようだ。


<通行路>

通行路は瀬戸大橋や横浜ベイブリッジと同様、上下2層構造になっ
ている。


上層には首都高速道路11号台場線、下層には中央部に新交通システ
ム・ゆりかもめが、その両側に一般道路(車道および歩道)が通っ
ている。


しかし原付(50cc以下)は走行禁止となっている。


<歩道>

下層の両外側には歩道があり、歩いて渡ることが可能である。


開通当初は有料(大人300円)であったが、2000年から無料となった。

(通行可能時間:4~10月 9:00~21:00、11~3月 10:00~18:00。
毎月第3月曜日は通行不可)


自転車は通行不可。自転車を解体して輪行袋に入れて運べば通行可能。


また、歩道入り口には駐輪場がある。


<その他情報>

日没後にはライトアップが行われる。


2005年10月1日に首都高速道路公団が民営化される記念として、9月
30日の日没から翌日の日の出までの間、1回限りの「レインボーブ
リッジ七色ライトアップ」を行った。


このライトアップは、過去には2000年と2001年の2回しか実施して
おらず、かなり貴重なものであるといえる。なお2006年の幕開けに
もこの七色ライトアップは行われた。


2003年に公開された映画 『踊る大捜査線 THE MOVIE 2 レインボー
ブリッジを封鎖せよ!』の舞台になった。(ただし同映画の実際の
ロケ地は京都府の京滋バイパスである。)




東京湾アクアライン(海ほたる)

東京湾アクアラインは、川崎側の9.6kmが「アクアトンネル」と呼
ばれるトンネル、木更津側の4.4kmが「アクアブリッジ」と呼ばれ
る橋になっており、その境目の人工島には、パーキングエリア海ほ
たるが設けられている。


東日本高速道路株式会社管理の一般有料道路である。1997年12月
18日供用開始。ETC(イーテック)社会実験の実験フィールドとも
なった。


東京湾横断道路の建設に関する特別措置法では、川崎市と木更津市
との間で東京湾を横断する一般国道を東京湾横断道路と定義してお
り、また、日本道路公団による有料管理を前提としていわゆる“民
活”の手法が具体化されていた。


東京湾横断道路連絡道とともに地域高規格道路の計画路線に指定さ
れている。


日本道路公団が“東京湾アクアライン”“東京湾アクアライン連絡
道”として管理していたが、2000年7月3日の事業計画変更にともな
い、連結が予定されている首都圏中央連絡自動車道の木更津ジャン
クション~東金ジャンクション間を含め東京湾横断・木更津東金道
路と名称を変更。同時に京葉道路・千葉東金道路で構成されていた
料金プール制(通称・千葉プール)に組み込まれることとなり、そ
れまで収益が黒字だった千葉プールは大幅な赤字へと転落した。


アクアライン全線が自動車専用道路区間に指定されており、一般国
道409号の一部となっている。


総工費は約1兆4,409億円。このため通行料が非常に高くなってしま
い、想定していたほどの利用が無く、その採算性に重大な問題が生
じているのが現状である。


その一方、運賃が比較的安価で済む高速バス路線は充実しており、
木更津駅から川崎駅・横浜駅・品川駅・羽田空港など、あるいは東
京駅から館山駅や安房鴨川駅など南房総各地への路線が運行されて
いる。




六本木ヒルズ

六本木ヒルズ(ろっぽんぎヒルズ、Roppongi Hills)とは、東京都
が行った六本木6丁目再開発計画の一環で建築された、超高層ビル
六本木ヒルズ森タワーを中心としたビル群である。


<経緯>

六本木ヒルズ誕生前は、六本木6丁目は消防車ですら通行すること
が困難な状況で、1990年にテレビ朝日本社移転も兼ねた再開発計画
地域に指定された。


愛称で「六六」と呼ばれているのも、六本木六丁目が由来となって
いる。


なお、この付近の再開発事例として、森ビルが行った赤坂アークヒ
ルズがある。


古くからの住民は、この時に森ビルが誠意を持って対応に回った様
子が伝えられており、最終的に街の発展を森ビルに託して立ち退く
ことに合意した。


一部の土地の立ち退き交渉に際して、住吉会が地上げ屋として暗躍
したとの噂も存在する。


また、居住区画としてレジデンス棟があり、ライブドア前代表取締
役社長の堀江貴文やナインティナインの矢部浩之、山口組の後藤忠
政らが住んでいる。


区画を問わず賃貸料が非常に高いことで有名であり、入居している
企業のトップや住人を指し六本木ヒルズ族と称する場合がある。



<完成まで>

1993年に東京都が六本木六丁目地区第一種市街地再開発事業をスタ
ートさせ、住民による勉強会が重ねられた。

1995年には東京都が都市計画決定を告示し、この年の阪神・淡路大
震災を教訓に、耐震構造が組まれた。

1996年には「6.6プラン」が発表され、翌1997年には港区が地区の
区域の公告を行い、東京都、港区、公共施設管理者が同意に至り最
終計画案がまとまった。

1998年には六本木六丁目地区再開発準備組合が設立。

1999年に東京都権利変換計画が認可されて、仮住居への入居が始まった。

2000年に着工し、ピーク時には1万人近くの工事作業員が作業に当たった。

2003年に街開きが行われた。


<主な施設>

主な施設として、ゴールドマン・サックスやJ-WAVE、Yahoo!Japan、
ライブドア、楽天、コナミなどの企業テナント、森美術館などの文
化施設が入居する森ビルの六本木ヒルズ森タワー、テレビ朝日本社
ビル、ホテル(グランドハイアット東京)、シネマコンプレックス
(VIRGIN TOHOシネマズ)、住居(六本木ヒルズレジデンス、ゲー
トタワーレジデンスなど)、TSUTAYA、レストラン(ウルフギャン
グ・パックバー&グリルなど)やブティックなどがある。


デザインは、コーン・ペダーセン・フォックス・アソシエイツが森
タワー、グランドハイアット東京などを、ジャーディ・パートナー
シップ(ジョン・ジャーディ、en:Jon Jerde)がけやき坂など低層
部の商業エリアを担当。テレビ朝日は建築家槇文彦、イメージキャ
ラクターの「ロクロク星人」は現代芸術家の村上隆によるものであ
る。


なお、六本木ヒルズ森タワーにはJ-WAVEの非常用送信設備が備えら
れており、最大1kWの放送が可能である。


敷地内には面積約4,300平方メートルの毛利庭園が設けられている。


江戸時代にこの地にあった毛利家上屋敷にちなんで名付けられた。


長州藩出身の乃木希典もここで生れている。園内のニッカ池は、
1952年にこの地に建設されたニッカウヰスキー東京工場時代につけ
られた通称。


また、かつてこの地には、駒澤大学の前身で、1882年に開校した曹
洞宗大学林専門本校があった。




アークヒルズ

アークヒルズ (Ark Hills) とは、1986年に20年近い歳月を経て、
当時の民間における都市再開発事業としては最大級の規模の複合ビ
ルとして森ビルが開発・設置し、管理するものである。


東京都港区の赤坂=『A』kasaka・六本木=『R』oppongiのつなぎ目=
『K』notに存在することから頭文字をとってARK Hillsと名付けら
れ、都市再開発のさきがけとなった。


また、1986年に新語・流行語大賞の新語としてノミネートされた。


<最寄駅>

東京メトロ南北線 六本木一丁目駅

東京メトロ銀座線・南北線 溜池山王駅


<施設>

サントリーホール

東京全日空ホテル

「アーク放送センター」(テイクシステムズ本社・テイクスタジオ
ARK / テレビ朝日映像本社 / テレビ朝日技術制作センター分室)
アークヒルズ竣工時に完成した旧テレビ朝日社屋。


同社が六本木ヒルズ移転後、グループ会社のテレビ朝日映像とテイ
クシステムズが本社を移転。

旧社屋のスタジオ施設をリニューアルしテレビ番組用の貸しスタジ
オおよび編集室として運用している。

また、テレビ朝日の分室も一部残っているようで、壁面には3社の
ロゴが掲示されている。いわば「テレビ朝日アーク別館」と言った
ところである。

また、屋上にはテレビ朝日のお天気カメラも設置されている。 

また、テレビ朝日がアーク森ビル(港区赤坂1丁目12番32号)に本
社機能を置いていた頃も本社は放送センターのある六本木1丁目1番
1号となっていたことから、六本木に対する同社のこだわりがあっ
たことがうかがえる。

これは視聴者からのハガキの宛先を「港区六本木」のままにしたい
という考えもあってのことと思われる。




サンシャインシティ

サンシャインシティは、東京都豊島区東池袋にある、複合都市施設。

また、そのビルを総合運営する株式会社。池袋のランドマーク的役
割を果たしている。

巣鴨刑務所(のちの東京拘置所)跡に建設され、1978年(昭和53年
)4月6日に開業した。


サンシャイン60を中心に、複数のビルと地下街がこの複合都市施設
サンシャインシティを形成している。


怪奇現象の目撃談が多く、心霊スポットとしても有名であるが、こ
れは過去に巣鴨拘置所があったためと説明されることがある。

その為か、工事中に何人も転落死する事故が相次ぎ、今でも時折上
から誰かが落ちるような人影が見えると言う。

屋上には、来場者の転落事故や飛び降り自殺防止の為、高さ約3mの
柵があるが、1998年、当時21歳の女子大学生が、病気を苦に屋上か
ら飛び降り自殺をした。

オープンしてから現在まで、転落による死者はこの女性のみである。

プリンスホテルが入居しているが、西武鉄道は運営会社の主要株主
には入っておらず、主な株主は三菱地所・西武百貨店・みずほコー
ポレート銀行・東京電力などである。


サンシャイン60の高さは、軒高226.3メートル、塔屋の最高部が
239.7メートルである。

巨大な塔屋が特徴的である。

東京都庁第一本庁舎(ビル本体の最高部243.4メートル)が1990年
12月に竣工するまで12年間日本一の高さを誇った。

また1985年韓国の大韓生命ビル(249メートル・地上部60階)に抜
かれるまで東洋一の高さを誇った時期もある。


なお東洋一の座はその後、1986年シンガポールのOverseas Union
Bank(280メートル・66階)→1989年香港の中国銀行ビル(369メー
トル・70階)・・・などと移り変わっている。

霞ヶ関ビルが1968年に竣工して以来、日本の歴代超高層ビルは東洋
一の座を守ってきたが、85年以降その栄冠は失われたままである。


<内部にある主な設備>

サンシャイン国際水族館
ナムコ・ナンジャタウン
古代オリエント博物館
サンシャイン60展望台・スカイデッキ
サンシャイン劇場
サンシャインスターライトドーム・満天(旧:サンシャインプラネタリウム)
サンシャインシティプリンスホテル
展示ホールおよびコンベンションセンターTOKYO
サンシャインシティ・alpa
サンシャインシティ・ALTA
ワールドインポートマート
その他企業オフィス
スポーツクラブ
総合診療センター
パスポートセンター
みずほ銀行(池袋副都心支店)、郵便局(サンシャイン60内郵便局)
公共駐車場
バスターミナル


<最寄駅>

東池袋駅(東京メトロ)
東池袋四丁目駅(東京都交通局)
池袋駅(JR東日本・東武鉄道・西武鉄道・東京メトロ)




丸の内ビルディング

丸の内ビルディング(まるのうち - )は、東京駅にほど近い東京
都千代田区丸の内二丁目4番1号に所在する、三菱地所保有のオフィ
スビル。

通称丸ビル。

1923年、東京駅前に丸ノ内ビルヂングが建てられた(写真で見ると
8階建て。地下1階地上9階)。

昭和戦前期で最大のビルであり、「東洋一のビル」といわれた。


オフィスビルの低層階を一般客に開放し、ショッピングモールなど
を展開する形態も、丸ビルが日本においては先駆的に導入したもの
であり、近代的なイメージから1929年に発売された歌謡曲『東京行
進曲』など多くの歌や、小説の舞台にもなった。

当時を代表する巨大な建築物であったことから、建造物の大きさの
比較単位として「丸ビル何杯分」などと引用されることもあった(
現在でいえば東京ドーム何杯分といったところである)。

親しまれてきた旧丸ビルも1999年に取壊され、2002年「新しい丸ビ
ル」が竣工、新たな東京名所になっている。

(道路をはさんだ向かい側に新丸ノ内ビルヂング=新丸ビルがあっ
たため、まぎらわしい状態であったが、2004年に新丸ビルは取壊さ
れ、建替えが始まっている)




天王洲アイル

天王洲アイル(てんのうずあいる)は東京都品川区の臨海部におけ
るビジネス街の一つで、22haに及ぶ民間では全国最大規模の都市開
発が為されている。

東品川2丁目に東京モノレール・東京臨海高速鉄道りんかい線の天
王洲アイル駅がある。

東京モノレールは羽田空港に、りんかい線は埼京線と乗り入れてお
り渋谷・新宿・池袋方面に直結する。

また、東海道新幹線が通る品川駅までは天王洲アイル循環バスで5
分と、交通利便性が高いため人気の高いビジネス街である。

2005年現在の就業人口は約30,000人。

またお洒落なレストランやファッション施設、ホテルなども集まっ
ているため、デートスポットなどとしても有名である。

最近のメインの客層は30代、これは六本木より若干上の年齢層であ
る。


<地名の由来>

天王洲は海中の土砂が堆積してできた州である。

昭和初期までは海であった。

この場所がまだ江戸湾であった宝暦元年(1751年)に、船人が牛頭
天王のお面をこの辺りの海から引き上げたという。

このお面は南品川の天王祭において神輿の屋根につける「神面」と
なっているが、この謂れが「天王洲」の地名の由来となっている。

また、アイルとは英語で「島」を意味する言葉で、この地が東京湾
のウォーターフロントの良き景観に恵まれたロケーションであるた
め、この名前がつけられた。




ラフォーレ原宿

ラフォーレ原宿(-はらじゅく)は、東京都渋谷区神宮前に本店を
置き全国展開する商業施設。

様々な流行をいち早く取り入れ、それらをファッションなどで発信
していく拠点として有名である。


<店舗>

ラフォーレ原宿の店舗は以下の4箇所であり、森ビルグループが管
理している。

「ラフォーレ原宿」は「原宿」までを含めた名称が店名であるため、
たとえば「ラフォーレ小倉」というようにはならずに、以下のよう
に地名が二つ並ぶような店舗名となっている。

ラフォーレ原宿 (東京都渋谷区神宮前)
ラフォーレ原宿・小倉 (福岡県北九州市小倉北区)
ラフォーレ原宿・松山 (愛媛県松山市)
ラフォーレ原宿・新潟 (新潟県新潟市)(NEXT21内)




表参道 (原宿)

表参道(おもてさんどう)は、東京都港区及び渋谷区にある道路の
通称。

都道413号線のうち、青山通りと交差する表参道交差点から、原宿
駅前付近までの区間を指す。

また、東京地下鉄表参道駅付近を特に表参道と称することも多く、
それと明確に区別するために、この通りを「表参道通り」と呼ぶこ
とがある。


1919年に明治神宮が創建されたのを機に、明治神宮の参道として整
備された。


明治通りと交差する神宮前交差点以東は海外ブランドの店舗が数多
く立ち並んでいる。

沿道には1927年に建設された同潤会青山アパートもあったが老朽化
のため2003年に取り壊され、跡地には2006年2月に表参道ヒルズが
オープンした。

また、個性的な店舗が点在しているいわゆる裏原宿のあるキャット
ストリートの入口もある。神宮前交差点以西はファッションビルで
あるラフォーレ原宿をはじめとした飲食店や雑貨店が多く立ち並ん
でいる。

また、表参道駅内にも2005年12月にエチカ表参道がオープンした。




竹下通り

竹下通り(たけしたどおり)は、東京都渋谷区原宿にある商店街。

お店は若者向けの派手なファッション・ブティックがメーンで、チ
ェーン店が少ない。かつては京都・嵐山とともにタレントショップ
の中心拠点だった。




丸の内オアゾ

丸の内オアゾ(まるのうち-、Marunouchi OAZO)は、東京都千代田
区丸の内の東京駅丸の内口前にあった旧日本国有鉄道本社ビル跡を
再開発して作られた、オフィスビル群、複合商業施設である(一部は既存のオフィスビル)。

開発を手がけたのは三菱地所、日本生命保険。

2004年にオープンし、近隣の丸の内ビルディングと共に東京駅周辺
の新名所となっている。

因みに、オアゾ(OAZO)とは、丸の内地区(O)と大手町(O)を
包括的に(AZ)結ぶ、「Office&Amenity ZOne」であることを表
現しており、エスペラントで「オアシス、憩いの地」を意味するこ
とも含意しているという。


<構成>

日本生命丸の内ビル(日本生命保険東京本部、日立製作所本社)
丸の内北口ビル
オアゾ ショップ&レストラン、丸の内ホテル
丸善丸の内本店
宇宙航空研究開発機構ショウルーム
各種レストラン、雑貨ショップなど
丸の内センタービル
新丸の内センタービル




東京ドームシティアトラクションズ(後楽園遊園地)

東京ドームシティアトラクションズは、1955年7月9日に後楽園ゆうえんちとして開場し、2003年4月17日に名称が変わって登場したフリーゲートの総合エンタテインメント施設。東京ドームシティ内にある。

スーパー戦隊シリーズのヒーローショーや、スパ施設「ラクーア」を売り物にしている。

後楽園ホール、東京ドームホテルなどが近くにある。


<アトラクション一覧>

【ラクーア】

ビッグ・オー
サンダードルフィン
ワンダードロップ
ザ・13ドアーズ
ウォーターシンフォニー
ヴィーナスラグーン

【タワーランド】

スピニングコースター舞姫
タワーハッカー
キッズハッカー
わんぱくバス
カルーセル

【パラシュートランド】

スカイフラワー
スカイトリップ
リニアゲイル
リトルティーカップ

【ジオポリス】

ジオパニック
ハイパーイリュージョン
ゾンビパラダイス
びっきりハウス

<最寄駅>

水道橋駅 - JR総武線・都営地下鉄三田線 
春日駅 - 都営地下鉄大江戸線 
後楽園駅 - 東京地下鉄丸ノ内線・南北線 




東京ドーム

東京ドーム(とうきょうドーム)は、東京都文京区後楽にある日本
初のドーム型野球場。

株式会社東京ドームが運営している。


老朽化した後楽園球場に代わり、1988年に開業した。読売ジャイア
ンツの本拠地。

日本ハムファイターズも北海道へ移転する前の2003年まで本拠地と
して使用。

現在も準本拠地として引き続き年間数試合使用している。

また、移転前のマスコットキャラクター・ファイティーは、当初移
転とともに役目を終える予定だったが、女性を中心としたファン達
の嘆願により、東京ドーム限定のマスコットキャラクターとして
2005年まで存続した。

コンサートなども行われる多目的ドーム。愛称はBIG EGG(ビッグ
エッグ)である。

屋根は空気膜構造と呼ばれるもので、内部の空気圧を外部よりも0.
3%高くして膨らませている。

圧力差を維持するために出入り口に手動式回転ドアやエアロックが
設置されている。

また、隣接する小石川後楽園の日照に配慮するため、屋根の高さが
外野方面に向かって低くなっていくように設計されている。

2002年から「フィールドターフ」と呼ばれる新型人工芝を、野球場
では日本で初めて採用した。天然芝に近い感触の特殊な繊維とクッ
ション材を採用し、選手の負担を軽減できる工夫を凝らした。


1988年3月18日、読売ジャイアンツ対阪神タイガースのオープン戦
がこけら落としとして行われた。

それ以後、"世紀の番狂わせ"と言われたマイク・タイソン対ジェー
ムス・ダグラスによるボクシング統一世界ヘビー級タイトルマッチ
に始まり、格闘技や商品の展示会、コンサート等にも数多く利用さ
れているが、天井が高いため、音の反射が悪く、ワンテンポ遅れて
音が響くので、コンサートには不向きな会場である。


<施設概要>

【建物】

高さ:56.19m
階数:地上6階/地下2階
建設費:約350億円
建築面積:46755平方メートル
容積:124000000立方メートル

【野球場】

収容人数(消防法):45,600人(野球開催時、立ち見を含む数字)
両翼:100m
中堅:122m
外野フェンスの高さ:4m
内外野とも人工芝

【落成・供用開始日】

落成式 1988年3月17日
公式戦開始日 同年3月18日
一般使用開始日 同年12月24日

【その他】

収容人数は55,000人と思われがちであるが、55,000と言う数字は
2004年度までのプロ野球開催時に主催球団が水増しして発表してい
たものであり、実際に東京ドームで55,000人もの人を収容する事は
出来ない。

主催者発表による最多入場者数は1998年4月4日の新日本プロレス主
催・アントニオ猪木引退試合で70,000人である。

バッターボックス付近のフェンス広告は2004年から電動により広告
パターンを複数出せるようになっている。

巨人戦時はJA共済、大塚商会、大正製薬、東京地下鉄、日産自動車
等の企業が、日本ハム戦時はジャックスカードの広告を出している。

プロ野球(アマチュア野球には使用しない予定)で開催する場合、
内野1・3塁側のファールゾーンにフィールドシート(エキサイトシ
ート)を2005年度から開設した。

※この座席を利用する人は防御用のヘルメット(必ず着用すること
)、グローブをもれなく貸し出してくれる。

なお巨人軍主催ゲームについては年間予約席と一般指定席の2種類
が用意されているが、より多くのファンに観戦してもらうことを目
指して、対戦カードにより一般席は抽選発売となる場合がある。

詳しくは巨人軍の公式サイトを参照されたい。

後楽園競輪場跡地に建てられており、将来の後楽園競輪復活も視野
に入れているため、グラウンド地下には一周400mのバンク(競走路
)が収納されている。

なお、年に一度、「自転車フェスティバル」と題して、模擬競輪な
ど競輪・自転車競技に関するイベントが行われている。

東京ドームで初めてコンサートを行ったのはTHE ALFEEである。東京ドームオープニングイベントで柿落としコンサートを行った。

東京ドームでコンサートをする際、グランド全面及び全てのスタン
ド1階~3階全席を開放して使用するのはSMAPとB'z使用時のみであ
る。

この2つのコンサートのみ、3階席まで客が埋まる。(他のコンサー
トではスタンド3階席の全席開放は無し)

東京ドームの球場使用料は他の球場やドームに比べてとても高い。

実はこの高い使用料が日本ハムの札幌移転の原因の1つになっている。

<最寄駅>

水道橋駅 - JR中央・総武緩行線・都営地下鉄三田線 
春日駅 - 都営地下鉄大江戸線 
後楽園駅 - 東京地下鉄丸ノ内線・南北線 




浅草花やしき

浅草花やしき(あさくさはなやしき)は、東京都台東区浅草2-28-
1にある日本最古の遊園地。1853年(嘉永6年)開園。

敷地面積5800m2。国産初、日本で現存最古のローラーコースターが
ある。

現在はバンプレストの子会社である株式会社花やしきが運営してい
る。


<営業時間・入園料・休園日>

【営業時間】

10:00~18:00
(11月~2月は17:00まで。ゴールデンウィーク、お盆は19:00まで。)

【入園料 】

大人 900円
小人 400円

フリーパス(入園料別途)
大人 2200円
小人 1900円

【休園日】

毎週火曜日


<歴史>

1853年(嘉永6年)に千駄木の植木商、森田六三郎が牡丹と菊細工
を主とした植物園「花屋敷」が開園した。

当時の敷地面積は約80000m2であった。江戸期は茶人、俳人らの集
会の場や大奥の女中らの憩いの場として利用された。

明治に入り浅草寺一帯を浅草公園地とした際、花屋敷は奥山一帯と
共に第五区に指定された。

しかし敷地は縮小し、1885年(明治18年)に初めて所有者が変わっ
た。

翌年、勝海舟の書「花鳥得時」を入口看板として掲示した。

この頃でも利用者は主に上流階級者であり、園内は和洋折衷の自然
庭園という感じであったが、徐々に庶民にも親しまれるようトラ、
クマなど動物の展示などを開始したり、五階建てのランドマーク奥
山閣を建設し、建物内に種々の展示物を展示したりした。

浅草が流行の地となるにつれて、この傾向は強まり、動物、見世物
(活人形、マリオネット、ヤマガラの芸など)の展示、遊戯機器の
設置を行うようになった。

大正から昭和初期には全国有数の動物園としても知られ、トラの五
つ子誕生や日本初のライオンの赤ちゃん誕生などのニュースを生ん
だ。

関東大震災の際は罹災民が集ったため、多くの動物を薬殺した。

戦時下において徐々に規模を縮小し、まず1935年(昭和10年)に仙
台市立動物園に動物を売却し、1942年(昭和17年)には強制疎開に
よりついに取り壊された。

戦時中松竹の関連会社となるが、戦後の1947年(昭和22年)東洋娯
楽機との共同経営で再び開園し、遊園地「浅草花屋敷」と改名、2
年後には東洋娯楽機に経営が委ねられ「浅草花やしき」と改名した。

そして1953年(昭和28年)のローラーコースター、1950年(昭和
35年)のBeeタワーなど現在あるアトラクションが登場し始めた。

また花やしきは長らく入園料を取らず、利用する施設ごとに回数券
などで料金を支払う形を取っていたが、1985年(昭和60年)の風営
法改正に伴い回数券とは別に入園料の徴収を開始した。

2004年(平成16年)にトーゴ(旧・東洋娯楽機)が会社更生手続き
の開始を申し立てたことにより、バンプレストの子会社、株式会社
花やしきが8月31日にその事業を承継した。




としまえん

としまえんは、東京都練馬区向山にある遊園地。

西武豊島線豊島園駅の目の前にある。

豊嶋氏が治めた練馬城の跡地に建てられた。

西武鉄道グループの株式会社豊島園が運営している。

春はソメイヨシノの名所として、夏はプールなどで、地味ながら地
域住民のオアシスとなる。

最近はジャパンコスプレフェスティバルを開催するなどイベント企
画も多い。

2004年までは、夏に花火大会を行っていた。 併設のグランドは企
業、学校の運動会に利用されている。

なお、その名称から誤解されがちだが、豊島区所在ではない。


<世界初・日本初のプール>

プールが1つの名物となっている。

今では波のプール、流れるプール、ナイヤガラプール、競泳プール
などの7つのプールがメイン。

本格的な飛び込み用プールもある。

としまえんの流れるプールは世界初である。

日本初で23区内では最大規模の大型ウォータースライダー(ハイド
ロポリス)がある。

大型のツイン型フライングパイレーツも日本初である。

ハイドロポリスのスピードスライド(C25)はポロリスポットと
して有名。


<世界最古のマシン>

場内の隅で、1971年から営業を行なっているカルーセルエルドラド
(メリーゴーラウンド)は、1907年に作成されたもので現存するも
のの中では世界最古。アール・ヌーボー様式の絵画などが装飾とし
て使われている、非常に貴重なものである。